厚生労働省による「年収の壁・支援強化パッケージ」の概要と留意点等をまとめました。

年収の壁・支援強化パッケージは、以下の3つの支援策で構成されています。

  1. キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇コース)
  2. 社会保険適用促進手当の標準報酬算定からの除外
  3. 事業主の証明による被扶養者認定の円滑化

1と2は年収「106万円の壁」に対する支援策で、3は年収「130万円の壁」に対する支援策です。

1.キャリアップ助成金(社会保険適用時処遇コース)

キャリアップ助成金(社会保険適用時処遇コース)には、新たに社会保険が適用されることで生じる保険料の負担が従業員の手取り収入の減少につながらないようにするための3つのメニューが用意されています。

  • 社会保険適用促進手当等を支給して従業員の収入を増やした事業主を助成するメニュー(手当等支給メニュー
  • 労働時間の延長を組み合わせて従業員の収入を増やした事業主を助成するメニュー(労働時間延長メニュー
  • 社会保険適用促進手当等支給と労働時間延長を併用するメニュー(併用メニュー

(1)手当等支給メニューの概要と留意点

①手当等支給メニューの概要

手当等支給メニューの要件と助成額(中小企業)は以下のとおりです。

要件助成額
1年目賃金の15%以上分を従業員に支給(一時的な手当可)6か月ごとに10万円×2回
2年目賃金の15%以上分を従業員に支給(一時的な手当可)し、3年目以降に以下の取り組みが行われること6か月ごとに10万円×2回
3年目賃金を18%以上増やしていること6か月で10万円

②手当等支給メニューの留意点

  • 1年目、2年目の賃金の15%以上の算定について

社会保険適用後における標準報酬月額決定通知書標準賞与額決定通知書を用いて、適用から1年間の額の15%以上を社会保険適用促進手当等により追加支給しているかを賃金台帳等で確認します。

なお、15%というのは、厚生年金保険料率の18.3%と、協会けんぽの全国平均保険料率の10.0%及び介護保険料率の1.82%の合計30.12%を労使折半した率である15.06%が根拠になっています。

運用上は、各事業所の所在地の保険料率で算出された労働者負担分の社会保険料額以上の金額が手当等で追加支給されていれば、賃金の15%以上でなくても助成金は支給されます。

  • 3年目の18%以上について

社会保険適用後6か月間の基本給と比べて、3年目の開始後の6か月間の基本給等(社会保険適用促進手当を恒常的な手当とする場合はその手当を含む)を18%以上増やすことが要件になります。

18%以上の増額要件は、週所定労働時間の延長による増額も対象になるので、従業員の事情等に応じて賃上げと労働時間延長を柔軟に組み合わせることが可能です。

なお、2年目の要件には、3年目以降に賃金を18%以上増やす予定があることとされていますが、具体的には2年目後半(4回目)の支給申請時において、対象従業員に適用される賃金規程等18%以上増やすことが予定されているかどうかで判断します。

賃金規程等で18%以上の増額が規定されていても、対象の従業員が退職したり、人事評価により昇給額が減額されたりして、結果的に賃金の18%以上の増額が行われなかった場合は、3年目の助成金は支給されません。(3年目の支給要件を満たさないことを理由に、それまで支給された助成金を返金する必要はありません。)

(2)労働時間延長メニューの概要と留意点

①労働時間延長メニューの概要

労働時間延長メニューは、社会保険適用にあたって、週所定労働時間を4時間以上延長するか、一定割合以上の賃金の増額を組み合わせながら週所定労働時間を1時間以上4時間未満の範囲で延長させることが要件になります。

労働時間延長メニューの概要は以下の通りで、①から④のいずれかを行うことで、6か月で30万円の助成金を受け取ることができます。

賃金の増額
①4時間以上
②3時間以上4時間未満5%以上
③2時間以上3時間未満10%以上
④1時間以上2時間未満15%以上

①労働時間延長メニューの留意点

労働時間延長メニューにおいて賃金を増額する場合は、基本給による増額が要件となり、社会保険促進手当を利用することはできません

(3)併用メニューの概要

要件助成額
1年目賃金の15%以上分を従業員に支給(一時的な手当可)6か月ごとに10万円×2回
2年目上記表の①から④のいずれかで従業員の賃金を恒常的に増加させる6か月で30万円

(4)キャリアップ助成金(社会保険適用時処遇コース)の手続きの簡素化

キャリアップ助成金(社会保険適用時処遇コース)の手続きが簡素化されています。

  • キャリアアップ計画書は、取り組み内容をチェックボックスからチェックする方法に変更
  • 賃金台帳等確認書(対象従業員の署名)の廃止
  • 出勤簿等の提出の原則廃止(賃金台帳等により出勤日数・労働時間数が確認できない場合に提出)
  • 電子申請化

2.社会保険適用促進手当(標準報酬への算定除外)

(1)社会保険適用促進手当の概要

社会保険適用促進手当は、「106万円の壁」への時限的な対応策として、臨時かつ特例的に設けられました。

社会保険適用促進手当は、2023年10月以降に標準報酬月額10.4万円以下の従業員を対象に、本人負担分の社会保険料(厚生年金保険料、健康保険料、介護保険料)相当額を上限として、保険料算定の基礎となる標準報酬月額及び標準賞与額の算定から除外される手当として支給するものです。

(2)社会保険適用促進手当の留意点

  • キャリアアップ助成金の受給を前提としないのであれば、「106万円の壁」を超えて新たに社会保険に加入する従業員に限らず、標準報酬月額10.4万円以下であれば、既に社会保険が適用されている従業員にも算定除外の手当として支給することができます。
  • 社会保険適用促進手当の特例は厚生年金保険、健康保険の標準報酬月額及び標準賞与額の算定に限り除外されるもので、所得税や住民税、労働保険料の算定については、通常の賃金と同じ扱いとなります。(社会保険適用促進手当は、在職老齢年金による支給停止額の算定や傷病手当金との調整対象となる報酬に含まれないことが明確化されました。(2024年3月17日追記))
  • 社会保険適用促進手当が標準報酬月額等の算定から除外できる期間は、最大2年間とされています。したがって、2024年10月に予定されている社会保険の適用拡大(従業員51人以上の事業主への拡大)を機に社会保険を適用し、社会保険適用促進手当を支給する場合は、そこから2年間が標準報酬月額等の算定から除外できる期間となる見込みです。
  • 社会保険適用促進手当は、毎月の賃金とあわせて支給する場合は割増賃金の算定基礎に算入されますが、1か月を超える期間ごとに支給する場合などは割増賃金の算定基礎に算入されません
  • 社会保険適用促進手当が従業員本人の社会保険料負担分を超える場合、超えた分は標準報酬月額等に算定されます。
  • 社会保険適用促進手当を支給する際は、就業規則等に規定した上で、労働基準監督署への届出が必要です。最大で2年間の手当となるため、あらかじめ一定期間に限り支給する旨を就業規則等に規定しておく必要があります。
  • 社会保険適用促進手当は厚生年金保険の標準報酬月額等の算定から除外されることから、厚生年金保険の給付額には反映されません。

3.事業主の証明による被扶養者認定の円滑化(「130万円の壁」への当面の対応策)

(1)事業主の証明による被扶養者認定の概要

一時的な収入の変動で年収130万円を超えても、一時的な収入の変動である旨を事業主が証明することにより、引き続き被扶養者として認定する仕組みです。

一時的な収入変動の範囲に関しては、具体的な上限額を設けるとそれが新たな「年収の壁」になりかねないとの理由により明示されていません。

(2)事業主の証明による被扶養者認定の留意点

  • 雇用契約書等を踏まえ、その収入増が一時的なものか、恒常的なものかが判断されます。
  • 収入増が生じる要因としては、従業員の退職・休職などで対象者の業務量が増加した場合や事業所の受注増加等により全体の業務量が増加した場合などが例示されており、その結果、対象者の残業時間が増えたり、シフト制の勤務日数が増えたりした場合が想定されています。
  • 一時的な収入変動として認められるのは、連続2回(2年間)までとされています。
  • 被扶養者認定の円滑化の対象となるのは、国民年金の第3号被保険者(配偶者)だけではなく、健康保険の被扶養者や新たに被扶養者として認定を受けようとする人で、学生なども対象になります。
  • 被扶養者が60歳以上である場合や障碍者である場合の収入要件である「年収180万未満」の判定にも適用されます。
  • 事業主の証明書の提出によって、引き続き、被扶養者に該当することが約束されるものではありません。年間収入の見込みが恒常的に130万(180万)以上となると判断されれば被扶養者には該当しないと判断される可能性もあります。

(3)事業主の証明書

事業主の証明は被扶養者認定や毎年の被扶養者の収入確認の際に、被扶養者を雇用する事業主から取得し、被保険者が勤務する会社を通じて、通常提出する書類と合わせて保険者に提出します。(企業の組織形態によって事業主の氏名等の記載が困難な場合は、人事労務管理を担当している部署の責任者の氏名等の記載で事業主の証明になることとが示されました。(2024年3月17日追記))

事業主の証明書は、様式が定められており、以下の事項を記載します。

  • 本来の年収
  • 労働時間の延長等が行われた期間
  • 労働時間の延長等が行われた期間の収入(実績)

本件につきましては、厚生労働省のHP並びに事業主向けQ&Aを参照して記載しております。

キャリアップ助成金(社会保険適用時処遇コース)の受給申請や就業規則等の作成・改定の支援を承っております。